わたしの夢は?~精神科看護師さん募集~
わたしの夢 ~精神科看護師さん一緒に仕事をしませんか~
そんなに優秀でなくとも、
そんなに明るくなくても、
そんなに元気でなくても、いいのです。
一寸した愛情と、まじめさがあればやれます。
私たち“風”で、学んでいただければいいのです。
自慢ではありません。しかし確信をもって言えることがあります。
精神科訪問看護が、看護の仕事の中でも相当素晴らしい凄い仕事だということです。
精神科訪問看護の仕事は、いろいろと考えて利用者さんに幸せになってもらう仕事です。
その支援は様々です。本当に様々です。利用者さんがオンリーワンである以上、
私たちの仕事は一瞬一瞬オンリーワンです。
そして、支援は永遠に届かないかもしれない深さをたたえているものです。
病院での看護とは大分違います。私たちに制服がないように、
訪問看護での支援にも制服を着たような支援はありません。
実は私は訪問看護を行って初めて分りました。人間って、人生って、生活って、人の考えって、感じ方って本当に一人ひとり全然違うんだってことが。
だから困難も伴います。
私たちはもちろん病状にも向き合います。それと同時に、その人それぞれの人生に向き合います。かけがいのない一人の人間と生活。一つの命と時間に向き合います。その人のたった一つの人生を大切に思い、その人が幸せに向かう在り方と共にあることをさせてもらうのです。
病院で病状に向き合うのとは違います。施設の中での生活に寄り添うのではないのです。
自由に尊厳を持って人間社会の中で生きるその在り方に寄り添うのです。
それゆえ喜びも大きいです。涙が出るほど嬉しいことがあります。同時に、辛いこともあります。残念ながら悲しい涙をこぼすことも度々あります。
私たち自身の人生と同じです。
失礼な言い方をしますが、もし精神科病棟での看護が「仕事」であるなら、訪問看護の看護は仕事であって、そして「人生そのもの」です。
私は、総合精神保健福祉センターでアウトリーチの仕事をした経験があります。私は断言します。私たちの訪問看護は、大きな組織が失ってしまった仕事の在り方を持っていると思います。
ところで、私たちのように地域での独立型の精神科訪問看護ステーションで働く訪問看護師は、おそらく全精神科看護師の1%以下かも知れません。これは、日本の精神科医療が病院中心に行われているということを物語っています。つまり、障害を持った人の多くは入院したままで、社会資源がないから受け皿がないからという理由で退院が出来ない結果になっているのです。
私たち訪問看護ステーションに比べれば病院には看護師さんが沢山います。病院に看護師さんが沢山いるから入院患者さんが沢山必要なのです。もし、何らかのことで病院ではなく地域に看護師さんが沢山いれば、患者さんは退院できるのです。国は、社会資源を増やす施策を取りもしないで病院中心の医療を今も進めています。
私たち訪問看護の仕事は、今地域で暮らしている精神障がい者に対して出来る限り入院をしてもらわなくても済む支援をすることはもとより、今入院している方たちを地域で自由に尊厳を持って生活してもらうための支援を考える仕事です。
国の施策と非常に関係を持っている仕事ですが、仕方ありません、国の施策を変えていく仕事も何らかの形で行っていかなければならないと思っています。
ですから、幾分の愛情とまじめさと共に、今お話した、変えていくことへの志、気概を持った方に本当は来ていただきたいのですが。
いかがでしょうか?
古い映画ですが、「いつか読書する日」という映画がありました。その主人公は、坂道ばかりの長崎市の牛乳配達員です。彼女が言います。「わたしの夢は、長崎中の家庭に牛乳を届けられるようになること」と。
どこか理にかなっていない夢ですが、私も言いたいと思います。「わたしの夢は、訪問看護を広げて、今入院している全員の方が地域で暮らせるようになること」と。
精神科訪問看護は、本当に素敵な仕事です。一緒にやりませんか。連絡をお待ちします。
平成27年2月11日
訪問看護ステーション風
土屋秀則