共感性について

 
                      平成30年12月8日  理事長 土屋秀則

平成最後の年の瀬に考えました。私の脳裏をよぎったものは、共感性についてです。

私たちの仕事の目的はシンプルなものです。一人でも多くの精神障害者が地域で人間らしくその人らしく生きていけるように支援することです。
これは簡単なことのようですが、当事者や私たちの目の前には多くの壁が立ちはだかっていて、中々願うようにはいかないのです。

壁の中で一番大きな壁は国の政策かもしれません。入院を推し進める政策が60年近く前からとられてきています。そのため、入院の必要がなくなっても、多くの方たちが、悲しいことに何十年も退院することなく病院で人生の終わりを待っています。この壁を何とか崩そうとしている運動はたくさんあると思いますが、なかなか効果があがってこないのが現状だと思います。この壁は今も高くて頑丈な壁のままあり続けています。
ほかにも、精神障害者を取り巻く壁は多々あります。
その中で私が特に手ごわいものとして感じる壁は、社会の中から共感性が失われていっていることから出来てしまった壁です。

共感性は、社会や文化の中にも個人の中にもあるものですが、時によって強くなったりまた弱くなったりもします。弱くなったときは利己的な心理が優勢となります。すると必然的に人と人との間、社会と社会の間に防衛のために壁が出来ます。昨今、壁はすっかり高いものになってしまっていると感じます。

人は元々、共感性という感情を備えている生物のようです。おそらく共感性は人の弱さから生じ、結果的に人を強くしていくものだと思います。人は個性を持ち、千差万別の能力と考えを持ちます。そして平和の中で様々な生き方をします。人は個々のものですが、共感性をもって助け合い、個人にとって社会を優しいものに形作るのだと思います。もし人が進化の最終段階に到達したとしても、共感性のない人ばかりになってしまうということはないと思いますが、どうでしょうか。

では人が共感性を失っていくのはどのような理由からでしょうか。この平和な時代にあって、どうして人は共感性を失うのでしょうか。もしかしたら人や社会が豊かになったり力を持つことと共感性が失われることは関係があるかもしれません。人同士助け合わなくとも、例えば経済的に強い人は自らの弱さを経済力で克服できます。そういうことなのでしょうか。
制度の発展も関係しているかもしれません。福祉制度が出来ていくのはいいことですが、往々にして制度は共感性を置き去りにするようです。共感性のない制度は運用システムでカバーするほかないのですが、特に心の問題には応えられないことが多いと思います。

利己的な心理のほうが優勢に働くようになっている現在、自分さえよければいい、人のことなど構っていられないという心理ならまだしも、自分にとって不利益になりそうだと思えば、その対象が死滅しても気にかけない。むしろ、この社会から消え去ってもらいたい、と考えるかもしれません。
社会全体隅々にまで見えない利己的な壁が人と人との間に縦横に出来上がっていると思います。
今も多くの人が退院できないことにはこのような現象と関係があると思いますが、皆さまはいかが考えるでしょうか。

それはともあれ、私が今日お話ししたいことは、共感性に基づいた様々なムーヴメントが社会の中で生まれてきているということです。
例えば、災害ボランティアたちの活動がテレビで放映され凄く感動させられました。
私たちの仕事と関係することでは、発達障害の特性を多くの人に分かってもらおうと、様々な番組が放映されていること。
また、「こども食堂」や「青少年の居場所」の増加も一例に当たると思います。
それから、職場をリタイアした高齢者が、地域で新しい人生と繋がりを持てるような活動をこの府中市でもあちらこちらで生み育てていることにも驚かされます。
私は仕事で、「青少年の居場所」など子供たちを支援している施設に行く機会があります。そこで覚える安心感そして救済の感覚、感動は、そこある人間らしさ、共感性にもとづく愛情が私の胸を打つからなのだと思います。人も社会も捨てたものじゃないと感じます。

コットンハウス、フレンズの事業も、もとはと言えば人への共感性を礎にしていました。現在はどのようになっているでしょう・・・。私たちのスタッフに、今も、「利用者さんの一人一人のことが好きなんです。大切な人たちとでも言ったらいいでしょうか。一人一人にとてもいいところがあって、そこに魅力を感じます。訪問に行くと私自身が元気をもらって帰ってきます」と言う人がいます。実はわたくし自身、全く同じ体験をしているところがあります。物事がうまくいかないとき、「失われた心」を、支援をしながらですがもらって帰ります。共感性に基づいているということは、不思議な関係性をそこに生じさせることもあるものなのです。

社会は、多くの分野で共感性を失ってきました。ところが、この変化する社会の中で今必要になっているものもこの共感性だと思います。
現在の状況の中でも、ポジティブな視点を持って考え、人の心が豊かになっていく活動・仕事を私たちもしていきたいと、年の瀬に考えました。